それぞれの宇宙
自我である私たちは、時空間の視覚的象徴を物質と見なし、肉体・木・りんごなどが、それだけで単独で存在していると信じている。
そして、その物質の中で、原因と結果が完了し、名前と内容が一致し、それが存在の証となっている。
それぞれにそれぞれに宇宙があり、それぞれがそれぞれで完了し、そこで単独に存在していることになる。
一なる宇宙が断片化して、無数の宇宙となってしまった状態だ。
これが間違い。
この捉え方、この見方が間違いなのだ。
なぜなら、それが分離の思考から生じた、分断された結果の世界を見ているからだ。
一旦、自分が分離の想念の象徴である肉体の中に入ってしまうと、象徴は具体性を持ち物質と化す。
そして自己概念が物質そのものとなり、心は中に閉じ込められてしまう。
すると、それ自体が自分自身の全宇宙となり、それ以外のところに、自分以外の別の宇宙があることになり、必然的にそれを敵とみなすことになる。
その結果から生じる更なる結果は、悲惨を極めることになる。
分断された宇宙では、序列や違いが生じ、その結果、争いは絶えなくなるからだ。
一なる宇宙
では正しい見方とはどんなだろう?
それは、宇宙は一なるものであるという見方である。
過去から未来へと横に流れていた時間は、今という一瞬に集約され、永遠へと入っていく。
外側に広がっている空間は、ここ一点に集約されすべてへと入っていく。
世界は、一点の0次元から、全てを統合し、一なる全体への5次元空間へと移行していく。
それぞれに存在していた物質空間宇宙は看過され、全体宇宙空間へとシフトする。
見ていた世界はぐるっと反転し、すべての宇宙が一つの宇宙へと集約され、一なる宇宙となる。
これがワンネスであり、これが聖性であり、これが私たち本来の本質である。
新しい宇宙
そして、ここから世界という夢を見る。
ここから、この世界を生きるなら、一体どういう生き方となるのだろうか?
ここから、兄弟姉妹に接するなら、一体どんな言葉を交わすのだろうか?
これが、目覚めた生き方。
ここが、目覚めた意識空間。
これが、新しい宇宙となる。
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