真実の愛なんて、おっきすぎてわからないよ。
目の前のことや、起きていることとはまったく違いすぎて、気づけるはずがないじゃないか。
憎まれ役のあの人や悪役のこの人、私に攻撃してくる人や、惨めな気持ちにさせる人が
神と同じ愛を持って、私のためにその役割を果たしているだけだなんて思えるわけがないじゃないか。
でももし、それに気づけたなら。
確かに、確実に、この世界は変わるんだろう?
それが、愛のヴィジョンとしてみれたなら、感謝しかわかないんだろう?
それは、自分ではわかりっこない。だから、聖霊が教えてくれるんだろう?
求めなくても、叫ばなくても、いつでもささやいてくれているんだろう?
でも、本当のところの愛って、この騒がしい世界では
おっきすぎて、ちっちゃすぎて
優しすぎて、静かすぎて
よくわからないんだよ。
時間の関連性の中では、良い悪いと感じることも、あれがこうだったからこうなんだと思考でも理解できるところはありますが、聖霊と共に、時間を外した中で、それらのヴィジョンを見ていくと、
ただ単に、これは愛なんだ。これも愛だったんだ。と抱えているものの中から、何かひとつでも気づけた時、
大きな大きな、あまりにも大きな神の愛というものに、
あると思っていた傷は癒されて、心はもはや、開かれるしかありません。
アメブロ過去記事:2017.12
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