目次
超えていくものは二つある
実相世界に至るには、自我の私たちが超えていくものは二つある。
1.外側を内側に戻して、自我としてのワンネスに立ち返り、そこで静かに次の扉が開かれるのを待つ。
2.扉が開かれたなら、目の前に橋が現れ、光の中で平安と共に一歩を踏み出す。
自我としてのワンネス
暗闇の奥の奥、地獄の底の底、井戸の底の孤独のワンネス。
私たち全員が隠し持っている闇を明らかにしていくとき、自我としてのワンネスに一旦立ち戻る。
ここでずっと立ち止まっていた。ここでいい夢に変えようとしていた。
最後の足掻き。存在論的罪悪感・恐れを握りしめる。
これがないと「私」という存在と世界が消えてしまうから。。。
このまま地獄のワンネスのままでもいいと、ここで罪と苦しみを分かち合って優しくできればいいと。
いくつもの思い出と古い夢が、蘇っては消えていく幻の中で佇んでいる。
栄光への架け橋
でも、ここで終わりではない。この先があるんだ。
ここから脱出できる。その先に眩い光と平安がある。
「あなたは橋のすぐ近くまで来ている。さぁ、橋を渡りなさい。」
その声を聞き、私たちは今、古い過去の夢を後にして静かに扉の前に立ち、自分で作り出したかつてのまがい物の宝物を差し出して、扉が開かれるのをじっとして待つ。
開かれた扉の前には橋が架けられ、私たちは平安と栄光の中、一歩を踏み出す。
古い世界は消え去り、新しい世界へと歩み出す。
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